2013年映画 新作ベスト10

もう2月の半ばですが、別の場所で書いたものを置いておきます。



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訃報を振り返ろうとしたのですが、大島渚アレクセイ・ゲルマンも僕はまだ一本も見ていないんですよね。そういう意味では梅本洋一の方が衝撃的でしたし、今調べて初めて熊谷秀夫が亡くなられていることを知りました。熊谷秀夫は日本映画の全盛を支えた照明技師で、日本で唯一と言ってもいい映画照明についての本を著している方でもあります。まあ昨年はアンゲロプロストニー・スコットが亡くなっているので、それに比べればそこまで衝撃的な年ではなかったのではないでしょうか。

2013年に映画館に行った回数は29回で、そのうち新作の本数は24本と、マニアとしては少ないと言わざるを得ませんが、若い時は旧作を見なければならないという義務感の方が強いですね。数えたら300本見てました。……というわけで見逃した映画としては、大本命、ワン・ビンの『三姉妹』を逃したのが痛恨です。また、オリヴェイラ、エリセ、コスタ、カウリマスキの揃った『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』を見に行けなかったのも損失でしょうが、他にも『ペコロスの母に会いに行く』『ホワイトハウス・ダウン』、『ランナウェイ/逃亡者』、『タイピスト』や『真夏の方程式』は行きたかったなあと。



10位『ラストスタンドキム・ジウン

 普通のアメリカ映画を一本乗せようということで。韓国人の渡米一作目ということからも、アメリカ映画というよりはアメリカンな映画ですが、それにしてもアメリカは「お金渡すからうちで撮って」とひょいひょい引き抜けるから強いですよねえ。シュワルツェネッガー復帰作でもあるのですが、とにかくサービス精神豊かな現代西部劇で、血沸き肉踊ります。『バニシング・ポイント』×『リオ・ブラボー』というコンセプトが見えますが、正直そこまで言うほど折り目正しい出来でもありません。例えば、各登場人物の得意技が本番で披露されないであるとか、一つの町を舞台にした西部劇としては町のスポットの使い方が貧困だとか。ただ、そうした細かい不出来を許せてしまうほど、魅力的な視線のショットやワンカットで位置関係を伝えるマスターショットもあって、これは嬉しかったです。


9位『ファインド・アウト』 エイトール・ダーリヤ
 2013年最重要の一本。ただし、その外観はハリウッド大作の皮を纏っているという……。アマンダ・セイフライドがただ警察から追われつつ、彼女の妄想かもしれない犯人を追い続けるというだけの作品なのですが、彼女のアクションの引き出し方と、美しい画面の造形が非常に巧みで最後まで見られます。車の窓ガラスについた水滴や、濡れた路面に様々な照明を溶け出させる等の見事な光の空間の作り方は、夜の撮影のお手本のようです。『フライトプラン』、『インベージョン』と目配せをしたかのように同系統の作品で、孤立したブロンド白人女性が活劇を繰り広げる映画なんですが、しかし最近の活劇のヒーローは老人と狂人と悪人が多いなあと思うばかりです。


8位『ジャンゴ 繋がれざる者』クェンティン・タランティーノ
 『デス・プルーフ』、『イングロリアス・バスターズ』と立て続けに大傑作を連発した後に見ると正直これを傑作と呼びたくはありません。前半のいつも通りのタランティーノ的な脚本の流れに飽き飽きしましたし、西部劇としては不満も不満ですが、南部劇(?)としての様相を露わにしてくる後半、特にタランティーノお得意の室内劇に移行してからは興奮の連続で流石ですね。さらに言えば、マカロニウエスタンをやります、と宣言しつつその内実はサム・ペキンパーリチャード・フライシャーフリッツ・ラングあたりで構成しつつ、KKKを登場させるに当たって『國民の創生』のグリフィス的な俯瞰ショットを挿入してくるあたりの目配せの利かせ方は、いつもながら映画的な教養の隠し方を心得ていらっしゃると思いました。どこらへんがペキンパーなのかと言えば、契約・スローモーションの多用と、堪えきれなくなった人間の爆発という脚本構成あたりがモロで、フライシャーだと思うのは勿論『マンディンゴ』との符合ですが、さらに復讐の映画としてクリストフ・ヴァルツの乗る馬が「フリッツ」であることやジークフリートへの言及等はフリッツ・ラングの引用とでも思わなければ不自然でしょう。銃撃戦の50年代的な素早さと、部屋の境界線を次々と銃弾が飛び越えていくあたりの空間構成の見事さは過去最高で、ワンカットだけあるゾーイ・ベルのクローズアップ、最後にジェイミー・フォックスが燃える小屋をバックに馬を駆ける場面と葬儀のシーンを繋げるあたりのセンスも抜群に教養があっていいと思います。何より今時これほど長い作品で観客を飽きさせない映画監督がどれだけいるかと思えば入れざるを得ませんね。


7位『ホーリー・モーターズレオス・カラックス
 本作も過去のカラックスの作品と比べるとベストテン入りを迷うような出来(とはいえ僕はこれを見たあとに彼の過去作を見ているわけですが)……というか遺作めいていて嫌なんですが、『コズモポリス』との歴史的な符合も含め、2013年を代表する一本には違いないでしょう。ゴジラのテーマをバックに民間人を襲う怪人メルドや、インターミッションでの行進しながらの演奏、突然のミュージカルと、物語映画にはない映画の原初的な興奮を体感させてくれた数少ない映画でもあります。クローネンバーグの手がけた『コズモポリス』の方はちょっとゴダールみたいで僕の手には負えなかったのですが、分かる人に解説をして欲しいです。


6位『死霊館ジェームズ・ワン
 『ソウ』でデビューしたこの映画監督は一発屋かと思いきや実に安定した技術を持っておりまして、どの作品も自信を持ってオススメ出来ます。小物や調度品・衣装を選ぶ基本的なセンスが抜群にいいのですが、どの作品も110分以内にまとめ切る時間効率の良さも目を引きます。本作はまず70年代の胡散臭い実話をベースに、というのが良いですね。霊媒の胡散臭いもみあげとか胡散臭いネルシャツとかが完全に確信犯で素敵です。傑作と言うには物足りないところがありますが、館を舞台にした作品として、引っ越しの場面でノリの良い音楽と共に示される建物の内部構造が後のアクションできっちり活かされるあたりの頭の良さであるとか、または池と老木、館をワンショットで収めて見事に説得力のある(かつ実話らしくリアリティのある)幽霊屋敷を見せてくれるあたりの視覚的な才能であるとかを素直に褒めるべきでしょう。極めつけは、アメリカ映画として見た時の出来の良さで、これが見事に家族の映画となっているんですよね。最初バラバラだった霊媒家族と被害者家族が悪霊との戦いを通じて結束していく様、そしてそれをクライマックスのアクションに結実させるカタルシスが見物です。


5位『ローン・レンジャーゴア・ヴァービンスキー
 アメリカでは理不尽なほどの商業的な敗北を喫した本作ですが、散々焦らされた最後に待っている列車アクションの素晴らしさはもう言語に尽くせません。ウィリアム・テル序曲をハンス・ジマーがさらに勇ましくアレンジした音楽はなんだか泣けてきます。オリジナルの『ローン・レンジャー』と、レオーネの『ウエスタン』の引用合わせ技で高度な語りを達成している本作ですが、今回はそこには触れません。


4位『欲望のバージニアジョン・ヒルコート
 狂人を狂人でないかのように見せかけ、古典的な作劇の面白さとそれに対する批判的な目線を同時に達成する新古典主義的な作品だと思いました。アクションでちゃんと引くのも嬉しかったですね。とりたてて巧いわけではありませんが、禁酒法時代のアメリカの伝説を巡る題材の処理方針がとても好みでこれは入れざるを得ませんでした。これだけ暴力的な作品であるにも関わらずオーストラリア人的なおおらかさ(間抜けさ)も同居しているあたりも好きです。ワシコウスカとゲイリー・オールドマンがチョイ役で出てるところも個人的な加点ポイントです。また役者で言えば、トム・ハーディの魅力に気づかせてくれた映画でもあります。バージニア州は西部ではありませんが、それでも「西部では伝説が事実となる」という『リバティ・バランスを射った男』で言われた言葉を思い出さずにはいられません。


3位『風立ちぬ宮崎駿
 まあ非っ常にヘンテコな作品ではあります。あの夢のシーンと現実のシーンを区別しない画面のつなぎ方であるとか、前半と後半で二人の人物を無理やり一人の主人公の肉体でシームレスにつなげてしまう(けどすっごく気持ち悪い)あたりであるとか、機械や地震の音響に人間の声を使ったり、歩くたびに足音が変わったりする偏執的な音響の凝り方であるとか、物凄く断片的な脚本であるとか、本当にヘンな映画です。ハウル以降の宮崎駿はヘンな映画ばかり作るので耄碌したと言う人がいるのも分かります。が、まあそれでも後半の恋愛映画としての完成のされ方であるとか、あるいはこれまでずっと扱ってきた主題である「風通しの良さ」&「見晴の良さ」の発展であるとかを見てこれは入れないわけにはいかないと思うわけです。 また再見する機会があれば詳しく分析してみたいです。


2位『そして父になる是枝裕和
 人物や画がテーマの奴隷と化していた『空気人形』がワースト級に酷かったことも忘れておりません。扱っている題材に対する倫理的な弱さというものはまだあると思うのですが、これほどまでの画面と音響の設計はこの一年見た新作映画の中では稀です。撮影と照明に新人を起用しており、撮影監督に至っては写真出身ということで、これはかなり面白い試みだと思いました。交響曲のように綿密に構成されており、どの視覚的ないし音響的な組み立ても物語に寄与しております。例えば、ピアノの練習をする息子と新聞と読む父の奥にキッチンで夕飯の準備をする母を捉えたショットにおいて、左から右へとカメラがゆっくりとスライドしていき、息子のピアノ練習の音に、手を添える父・福山雅治が連弾として加わり、最後に母親が包丁を扱う音が重ねれられるといったあたりなんかはどうでしょうか。スピルバーグが惚れ込むのも無理はないですね。リメイク楽しみに待っております。


1位『かぐや姫の物語高畑勲
 可視範囲でも絶賛の嵐で、2013年の新作の一番はこれと言っても、それほど意外性はないでしょう。わざわざ別の場所で感想を書いたのでここでは繰り返しませんが、2013年はこれと『そして父になる』があっただけでよしということにします。これほど映画館で泣いたのは初めてでした。


まとめてみると2013年のアメリカ映画は不作だったのだなあと思わざるを得ません。正直入れようか入れまいか悪い意味で迷った作品が多かったです。代わりに邦画は実写・アニメ共々豊作で、言及したもの以外にも話題になったものはチェックしてもいいんじゃないかなと思います。そういえばなんとなく巨匠勢の不振が目立った年でもありまして、スピルバーグ黒沢清青山真治ジャームッシュの新作にはどれもがっかりしました(がっかりした理由はまた機会と時間があれば書いてみたいですが)。ベルトルッチはあれでいいんじゃないでしょうか。黒沢清は一回目こそ腹が痛くなるくらいにダメージを受けたものの、二回見てインタビューを聴くとこれはちょっと迷いに迷っている作品だと思いました。自分がエンタメだと思っていたものを、観客に受け入れられなかったことへのショックが大きいような印象を見受けられました。さらに言えば、SFも沢山あったはずですが、ものの見事に僕のベストテンには入っていませんね。話題の『パシフィック・リム』も『ゼロ・グラビティ』も選外で、『オブリビオン』にも言及していない僕は、2013年のSF映画についてあまり語らない方がいいのかもしれません。それらにピンと来なかった理由についてもまた、ちゃんと準備して語れる時がくればやってみようかなと思います。