デヴィッド・クローネンバーグ『コズモポリス』

コズモポリス
Cosmopolis
2012年 カナダ・フランス・ポルトガル・イタリア 109分
監督:デヴィッド・クローネンバーグ

き大富豪であるエリックは、リムジンに乗ったまま床屋に行こうとするが、NYには大統領が来ているので大渋滞が起きており、それに一日かかってしまう。その間に色々な人物がリムジンに乗って来てエリックと様々なことを喋るのだが(経済、市場、抽象的な文明論、ロスコについて、「前立腺が非対称です」と告げる医者、エトセトラ)、エリックが自分から動いてリムジンを出るのは数週間前に結婚したばかりの妻エリーズのためだけである。エリックはエリーズにしきりに「セックスをしよう」と持ち掛けるが、エリーズは乗り気ではない。またウォール街への抗議をする人々はネズミをモチーフにして暴力的なデモを繰り返しており、ネズミを両手に持ってダイナーを襲ったり、エリックの乗るリムジンに落書きをしたり、ありがちな焼身自殺をしたりする。人民元の下落でエリックの莫大な財産は消滅しかかっているし、テレビではIMFの理事長がインタビュー番組の最中に襲撃されているし、エリックの好きな黒人ラップミュージシャンは心臓発作で死ぬし、とにかくリムジンの外では不吉なことが起こっているわけで、リムジンの窓を下ろして襲撃の可能性があることを警告する警備主任もいるのだが、エリックは人工的に制御されたシステムの外に出たいらしく、刺激を求めて不確定要素を上げていく。したがって警備主任は自らの銃で撃たれ、エリックは床屋で主人と昔話をしながら銃を貰い、単独で自分を殺そうとしている男のところへと侵入していくのだった。
ローネンバーグなので画面は相変わらず、理知的で頭痛がするほど厳格に制御されており、不安定なアングルからカメラが顔に接近しており、会話シーンではアドリブをまったく許さずに、役者は読まされているかのようなセリフを淡々と口にする。また、環境音がほとんどまったく入ってこないリムジンで会話をするし、それは妻エリーゼのためにエリックが外に出ていったところで変わらない(ダイナーで周囲に人がいるのに環境音がかなり小さく調整されている)。そしてリムジンの窓を介して見える風景はあまりに嘘っぽいので、映画全体がものすごく人工的な造形を施されている。若き大富豪エリックがロバート・パティンソン、妻エリーズ・シフリンがサラ・ガドン、警備主任トーヴァルがケヴィン・デュランド。一方で、歳を重ねて腐ったようなジュリエット・ビノシュとのセックスといい、医者に前立腺をまさぐられながら、汗だくのランニング女と会話するところといい、警備の女とセックスをしたりテーザー銃を向けられたりするなど、裸がこれでもかと出てきて映画の人工性を腐らせようとするが、それらの肉体が誇示されるほどに、一枚も脱がないサラ・ガドンのプラスチックなエロスが際立っていく。つまり、ヒッチコックによく似たエロスへの欲望がここにはあるので、なぜ私がヒッチコックとクローネンバーグを好むのかがよく分かったような気がする。ヒッチコックは役者の肉体を信頼しておらず脱がせないことでエロスを掻き立てるのだが、クローネンバーグは積極的に脱がせるにも関わらずそれを映すカメラがあまりに冷たいので結果的に似たようなエロスが醸成されるのではないか。あまりに膨大で衒学的なセリフの応酬は、映画の理知的な印象を増すために意図的にやりすぎているようにも思えるが、まあいくら何でもやりすぎで、ちょっと退屈してしまう。