増村保造『爛』(1962年)
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2014/06/27
- メディア: DVD
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ぬっと手が出てくる。
テレビやソファのある雑然とした室内が写されたかと思えば、そのソファの真ん中あたりから手が出てくるところからこの映画は始まる。このような手の出し方といえば、すぐさま連想するのはジョセフ・ロージー『召使』の濡場だ(ちなみに『召使』が1963年、『爛』が1962年)。
そしてラストは、若尾文子がふすまを閉めて、画面が真っ黒になったところで終わる。
基本的には、ストーリーを二つの部分に分けることができる。
羽振りのいい車のセールスマンである田宮二郎を、二号である若尾文子が奥さんから略奪するのが前半。
結婚した田宮と若尾のところに、田舎から出てきた若尾の姪が転がり込んできて、三角関係が生じるのが後半。
簡単に図示するとこんな感じ。
前半:田宮二郎ー妻 ←若尾が略奪!
後半:田宮二郎ー若尾 ←姪が略奪!
まだ会話がつづくと観客が思っているようなところで場面を切っていくのだが、短く切っていくことで逆に余韻が生まれるということを理解した編集だ。
次作が『黒の試走車』ということもあり、黒のシリーズを担当するときの増村映画と似た雰囲気がある。乾いているが情念の深い演出と、シネマスコープを活かした厳密なレイアウトに惚れ惚れとする88分間だった。
また、身体性を強調した演出が随所に見られる。増村映画の登場人物は、みな本音を正直にぶつけあうので、無言になると凄みがある。言葉にされなかった感情や思考をこちらが想像してしまうからで、それは発砲されない拳銃を見ているのに近い。
ベッドシーンについては、行為を直接映さず、事後に汗をかかせるだけで演出する。
この汗はのちに再登場する。田宮二郎と姪の間になにやら性的な緊張感が走るときに、強調される田宮の背中の筋肉に汗をかかせているのだ。姪はビールを持ってくるだけで、田宮は半裸で屈伸運動するだけなのだが、この汗のせいで異様に緊迫した場面になっている。
若尾に夫を略奪されるヒステリー気味の妻:藤原礼子には、ぜえぜえと喘がせている。浮気がバレて、田宮二郎が追いかけられるところでは、藤原礼子がひーっひーっと息を吐くことが、緊迫感を生んでいる。このとき田宮二郎も息をぜいぜいと吐いている。身体運動ばかりが撮られて、言語的なコミュニケーションがほとんど生じていない。
田宮と姪の情事がバレた場面では、手前でまぐわっている二人がばっと左右に分かれたところで、奥にいる若尾の恐ろしい形相がちいさく、しかし鋭く入ってくる。この修羅場での若尾のぜいぜいとした呼吸音は、もちろん藤原礼子の反復になっている。
屋内では、追いかけるほうが、追いかけられるほうを外に出さないように立ちはだかり、追いすがっていくアクションが撮られることになる。狭い空間なので、こういうアクションになる。野外ではひろびろとした空間に変わるので、ひたすら逃げていくほうを、ひたすら追いかけていくアクションが撮られることになる。理性的なコミュニケーションは生じない。
藤原礼子が田宮二郎を追いかける場面では、平地で走る二人の足元を交互に映すのだが、藤原礼子が靴をはいていないということがわかるようになっている。
若尾が姪を追いかける場面では、高低差のある階段での、追いかけ、追いかけられ、にらみ、振り返り、といった動作の反復で緊張感が高められていく。姪は謝るばかりだ。「あのままじゃ外に出せない」と田宮に言って服を持ってきてあげたはずの若尾は、ぞんざいに服を投げ捨て、あるいは服を投げつける。
面白い映画だった。