S・G・ブラウンの『ぼくのゾンビ・ライフ』を読んでいるのだが、これがどう見てもチャック・パラニュークの影響を受けたとしか思えないような文章を書くのである。
たとえば、こんな具合だ。
両親が迎えに来るまでの2日間を、SPCA(動物虐待防止協会)の檻の中で過ごした。自分のアンデッドな息子を引き取るという恥辱と、家に連れて帰って一緒に生活することで2人の社会的地位が台無しになることを考えると、急いで迎えに来なかったことは責められなかった。でも、あと1日遅かったら、ぼくは車の衝突試験用のマネキンになっていたかもしれないのだ。
身分証明書のない迷いゾンビの保有時間は通常72時間。IDがあれば7日間。迷い猫や迷い犬の場合はその逆だ。でも、ちゃんとホルムアルデヒドで治療していないと、ほとんどの新鮮なゾンビは3日以内に腐り始めてしまう。
ぼくたちの関係は、必ずしもこんな結果になるようなものではなかった。
もちろん、世の中のほとんどの両親と息子が遭遇する、成長期の苦しみと意見の相違はあったけど。
ホルモン。
自立心。
潜在的なオディプス期の欲望。
未来はCBSの秋の新しいTV番組のラインナップと同じぐらいしか期待できそうになかった。
ぼくは1998シャトー・モントリーナ・カベルネ・ソーヴィニオンのボトルを飲みながら、ニコロデオンの「スポンジボブ/スクエアパンツ」を観ていた。ときどき2つのPBS(全米ネットの放送網)にチャンネルを変えて、「セサミストリート」や「Barney」、「フレンズ」といった番組を観た。本当は「Leave It to Beaver」が観たかったけれど、我が家はTV Land(ケーブル・ネットワークの1つ)に加入していなかった。
残念ながら現在、手元にパラニュークの小説がないので「ほら似てるでしょう」と言ってしまうことができないのだが、読んだことがある人ならピンとくるものがあるんじゃないだろうか。
固有名詞の氾濫。カタログ商品の取り扱い説明書。公的サービスを受けるための手続き説明書。一行知識の羅列。医療用語。心理学用語。使いこなせているのか怪しいジャーゴンの数々。1980年代から90年代の活躍が目覚ましいブレット・イーストン・エリスやチャック・パラニュークが使いこなした、あらゆるものが資本主義下の商品へと置き換えられていく文体。小説家としての活動時期はズレるが世代的には近い、ミシェル・ウエルベックの近作『地図と領土』でもこのような文体が用いられていたことは記憶に新しい。また、パラニュークに影響を受けた伊藤計劃や、この『ぼくのゾンビ・ライフ』の著者S・G・ブラウンのような書き手。そしてさらに、それらから影響を受けた自分のような世代の書き手が各自チューンナップしながら使うことのある文体だ。
あと、確かめていないのだが、この一行知識はもしかすると『サバイバー』に書かれていたものではないのだろうか?
「知ってるか。アンドリュー。オリーブオイルとビネガーを使って、毛穴の黒ずみを取り除くことができるんだぞ」
あとにはこんな文章が続く。
父さんは本気でこれを信じていた。幸運なことに、料理は母さんに任せていた。そうでなければ、ぼくは学校で、スライスした洋ナシとアジアーゴ・チーズ、そして過酸化ベンゾイル・ドレッシングがかかったルッコラのサラダを食べている唯一の子供になっていたことだろう。
つまり、『ぼくのゾンビ・ライフ』という作品において起きているのは、以下のような事態ではないかと思われる(まだ冒頭しか読んでないのだが)。本作においては、パラニュークがやったように、あらゆるものが資本主義下の商品ないしサービスとしての言葉に置き換えられていく。ゾンビという現象も御多分にもれず、そのような言葉によって切り刻まれていく。だから、ゾンビたちは集まってカウセリンググループのセラピーセッションに参加するし、そのグループの司会者は「わたしたちはみんな、サバイバーなのです」と宣言するわけだ。
このような文体にはどのような意味があるのだろう。
まず、小説で通常扱われるような劇的な出来事を、日常的な言葉に置き換えていくことで、それを小説として成立させるための機能もあるだろうし、前述したように、あらゆるものが資本主義下の商品へと置き換えられていく(小説だって商品だ)という現実的で現代的で、何よりも切実な問題に応答するためのものでもあるのだろう。
(こう考えると、パラニュークが『ファイト・クラブ』において「快不快」という単なる商品のレベルを超えた、何か崇高なものを見出そうとしてカリスマという存在を持ち出したことも分かるし、さらに『サバイバー』においては、カリスマさえも資本主義下の商品でした、と言ってしまわなければならなかったのも理解できる)
しかし、ブレット・イーストン・エリスといい、チャック・パラニュークといい、漫画なら岡崎京子といい、80〜90年代というのは高度資本主義と消費文化の時代だったんだなと思う。映画だとオリヴィエ・アサイヤスがこのあたりの問題に積極的に取り組んでいるイメージ。
そして、その時代になかったのは恐らく、インターネットの言葉だろう。だから2015年に彼らをリスペクトして何かを書こうとするのであれば、彼らの文体をチューンナップする必要があることは想像に難くない。各自チューンナップして、自分なりの方法で、商品や情報へと置き換えられていく人間について言葉を絞り出していこうではないか。

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