備忘録:イーガン「銀炎」について


グレッグ・イーガン「銀炎」を読んだ。これは面白いと思う。スピリチュアルな人々へのイーガンのネガティブな感情が描きこんであって、それが愚かさへの差別感情、狂気、恐怖へとスケールアップしていく。具体的な素材も豊富で、この件に関するイーガンの怨念を感じることができる。

スピリチュアルな人々は、芸術と密接に結び付き、一方で最新鋭のテクノロジーを利用してさえいる。「人間には物語が必要なんだよ」的な穏当なものではなく、そうした人々を徹底的に理解できない他人でありグロテスクな存在として描くイーガンの倫理観が露骨だから面白い。

有名なこの文章もありますね。「道徳はわたしたちの内側にのみ由来する。意味はわたしたちの内側にのみ由来する。わたしたちの頭骨の外にある宇宙は、人間になど無関心だ」

「銀炎」が芸術家に対する揶揄を含んでいるのは重要で、つまりフィクションがこの現実から切り離されたフレームのなかで「世界の異なる可能性」とか「多様性」とかを見せてくれるのに対して、イーガン的人間の信奉する科学が見せる世界観は単一の法が宇宙を支配する強迫的なもので、出口がないから。

一方で普通、人にとって宇宙の唯物性は恐怖である。その恐怖を感情としてもっともリアルに表現したのは、『トゥルーマン・ショー』という映画に出てくる、あの船が壁に衝突する「ごん」という音だろうと思う。