アラン・ムーア『Providence』#2 “The Hook”

 

Providence #2 (English Edition)

Providence #2 (English Edition)

 

 今回ベースになっているのは、ラヴクラフトの短編「レッドフックの恐怖」。

 前回の元ネタである「冷気」同様、ニューヨークを舞台にした作品である。

 

引き続き、書籍執筆のための取材を続けるロバート・ブラック。今回の協力者は「レッドフックの恐怖」 の主人公、刑事マウロンである。しかし、この人にもアラン・ムーア流の解釈が施されていて、どうやら同性愛者っぽく描かれている。

もしかして原作にそういう要素がほのめかされていたのか?と思って再読するも、特にそういうことを示唆する記述はない。そういえば前回の“The Yellow Sign”のオチを読んだときも、『「冷気」にそういう関係をにおわせる記述あったっけ?』と思って再読したのに、特に何もそれらしいものは出てこなかった。こういった箇所、かなりアラン・ムーアが自由にオリジナルテキストに要素を追加していると思ったほうがいいのかもしれない。

まあ元々、どぎつい性愛ネタを入れるのは過去のアラン・ムーアの諸作でも頻繁に行われていたことだけど、ラヴクラフトが性愛を嫌っていたせいもあって、ちょっと深読みを誘われてしまうのである。

例えば「ラヴクラフトは性愛を忌み嫌っていたが、実際の作品にはむしろ性愛に強くこだわった痕跡が残っている」といった趣旨の発言を、高橋洋が、確か『ユリイカ』のクトゥルー神話特集で言っていたような気がするんだけど、、、

確かに、自分の血縁に異常な存在が交わっていたという事実が明らかになる話であるとか、人間と非人間的存在が交わっていたことが明らかになる話だとかが、ラヴクラフトには多いように思える(ウエルベックは『H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って』で、それを移民への恐怖にむすびつけていた)。

そういう意味では、ラヴクラフトを元ネタにして性愛ネタを盛り込んでいくことにはムーアの意図がありそうで、こういった要素が今後の展開で結実するのかもしれない(1話ずつ読みながらこの記事を書いているので、当然まだ最後まで『Providence』を読めていない)。

ちなみに前回の取材相手はムニョス先生だったけど、今回の取材相手は、原作では黒幕的な位置にあったサイダムが配されている。セイレム魔女裁判の話題なども出て、ムーアによる異端や黒魔術の講義といった趣。

#1 “The Yellow Sign”は本当にただロバート・ブラックが取材相手と喋るだけで、元ネタを知らないと何が面白いのかわからない話だったが、今回は後半にアクションシーンがあるので、その分、まったく元ネタを知らない人でも一応読みどころがあるといえますね(いえるのか?

オチは、いわば漫画版叙述トリックみたいなショックシーン。こうやって毎回ショックシーンを最後に持ってくるんですかね。


ベースになっている「レッドフックの恐怖」について触れておくと、クトゥルー神話ネタの出てこない短編のせいかあまり言及されないものの、刑事マロウンが移民で溢れる貧民街レッドフック地区の悪魔崇拝について調査するという筋書きで、その親玉がサイダムではないかというアレです。クトゥルーもののフォーマットとしては使いやすそう。刑事が視点人物ということもあり、街を舞台にしているということもあり、そして不法移民といった社会問題ネタもあり、ラヴクラフトとしてはどこか探偵小説的な短編になっている(とはいえラヴクラフトなので後半は幻惑的な光景が展開されるのだが)

ここで自分がつい連想してしまうのが同時代に活躍したダシール・ハメットの『デイン家の呪い』。ハードボイルドの始祖として記憶されるハメットとしては珍しく、オカルトが題材になっている。特に第二部「神殿」では、コンティネンタル・オプが超自然的なできごとに遭遇するさまが幻惑的に描写されるシーンがあって、すわ怪奇小説か?と思わなくもない。もちろんハメットの書きぶりがいつもリアルなのかと言われればそうでもなく、『血の収穫』でも、講和会議のあと、珍しくオプが内面を吐露したり、夢の場面があったりするし、そもそもスト破りとして雇われた末に街に居座った悪党どもを一掃するというストーリー自体が夢想的なのではないか、ということは言える。そして『デイン家の呪い』も全体としては別に心霊主義的な作品として終わるわけではない。

『デイン家の呪い』でオカルトが出てくるのは、もちろんラヴクラフトとハメットに共通点があるというよりかは、むしろ当時のアメリカ社会でどれほどオカルトが流行っていたを示すものだろう。19世紀の心霊ブームの残滓というべきか、なんというべきか、そういった非主流の思想がいかに西洋で連綿と続いてきたのかは、アラン・ムーアの諸作が一貫して語ってくれていることだった。

パルプマガジンでは当初SF、ホラー、探偵小説、そういったものが今ほど明確なジャンルの形式を持っていたわけではなく、ある程度未分化のまま発達してきた。それと同様に、今では別れたものがある程度互いに影響されあっていたということは思想についても言えるだろう。心霊主義、神智学、神秘主義、心理学、社会改良主義フェミニズム共産主義、文学、などなど。こういったものの影響関係をもう少し調べていけば、もっとアラン・ムーアの漫画がよく読めるんだろうけど、わたしは怠惰なので識者による解説を望みます。

 

 

ラヴクラフト全集〈5〉 (創元推理文庫)

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デイン家の呪い(新訳版)

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